2009年02月26日

生き方/稲盛和夫

彼は曰く

『運命は自分の心次第と気づけ』



言わずと知れた、京セラ・KDDIの創業者にして
盛和塾の塾長として、日本経済で活躍する経営者たちを指導する、
日本の大経営者の一人、稲盛和夫。


“人生・仕事の結果は『考え方×熱意×能力』の掛算”


であり、どんなに熱意と能力があっても、考え方の方向性が
間違っている(もしくは見当違い、弱力)と、良い結果は導かれないと、
彼は強く説く。

考え方とは、すなわち人としての生き方…

『人間性を磨け』

『一本筋の通った信念を定めよ』

そして
『利他心に満ちた大義名分を持て』

“今私が立たずばこの世の中はどうなる?
 私が今必至でやらなければこの会社はどうなる?”

…そうやって、自分を離れた所に大きな意義を置くように
心がけよ、と。

能力磨きには余念が無く取り組んで、経済紙など情報誌は完読…
仕事ができる気でいるような“自己満足会社員”には、この点を
強く言って聞かせたいくらいだ。
(いやいや、自分を振り返って反省しているのですよ)



この著書は、本当のところ、今に迷い今に没する若手会社員には
是非読んでもらいたい書の一つだ。


稲盛和夫氏の経営は、すでに宗教掛かっており賛否はあるし、
同書でも、仏教の教えを説き、苦手な人には苦手意識を感じさせる。

しかしながら、そもそも仏教の教えは、生きる智恵、自戒の教えとして、
人の“生き方・考え方”を高める一つの道具として普遍的であることは
否めない。

(「六波羅蜜の教え」「因果応報の教え」…などなど。
  全ては禅定の教えに帰する考え方で、いわゆるカルトや
  他者排除的宗派の類とは、全く異なる教えである。
  よって、宗教嫌いを自負する人ほど、これらに触れることで
  心が懐柔されるような、そんな感覚で受け入れられるのではないか?)



『考え方を変えれば人生は180度変わる』


『心の持ち方一つで地獄は極楽にもなる』


と、繰り返し人としての生き方の原点について、
己の実体験に基づく教えを説いてくれる同書は、
行き詰まりの毎日に一意の光を与えてくれるように思えるであろう。

日々の仕事に忙殺される人ほど、僅かな時間を作ってでも
この「生き方」を読破してほしいと、僕は願うものだ。



posted by 脱サラ男k at 10:08| Comment(60) | TrackBack(0) | 生き方を学ぶエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天命/五木寛之

…五木寛之、彼自身の死生観を形成する“実体験”が
大きくその生き方を方向付けている。

死と向き合い己をよく知ることこそ、生きるということなのだ。



戦後の朝鮮よりの引き揚げに際し、
想像を絶するような苦難に満ちた経験を積み重ねる。
母親に関する想いの強さゆえ、時代の中で混迷し
叩きつけられたかのように、悲劇という光景が
原体験として刻み込まれてしまった…



僕らの時代、今を生きる僕らには、想像すらできないであろう
時代の凄まじさは、人を強くもし弱くもする。
その境目は、やはり人としての真理…死生観を持つに至るかどうか…


死生観は、とても大きな大きな思想の一つだと思う。
人は自らの体験の中で死について感じ、想い、
生を見つめていく。この過程が深ければ深いほど、
豊かさを理解し受容する心が育まれる。

僕は、死に関する本をかなり読んできたけれど、
また宗教の意味を考えてきたけれど、
そして坊さんと話し、座禅も実践してきた、けれど、
まだまだ自らの中に融合することができない。



この書を読むと、自分等は本当に生きているのだろうかと
感じてしまうくらいに、“生きる素晴らしさ”に感銘を覚える。

見るべきものを見ない、考えるべきことを考えない…
それは楽な道のりではあるが、真の満足感、幸福感へと
いざなってくれるものでは、決してありえない。


死生観…死を感じ生と向き合う。
いかに持つかによって、人生は変わってくるのだろうと、
ぼくは強く思った。



posted by 脱サラ男k at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方を学ぶエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

生きる/春山満

筋ジストロフィで首から下が動かない著者の
家族愛に満ち溢れた一冊。

この人、実は超やり手経営者。
知ってる人に言わせると
「交渉上手で、してやられる」
というほどの、ツワモノだとか。
ビジネスにおいて、身体的なハンディキャップは、
言い訳にもならない。

家族においては、強く頼れる父親であり続ける。
その姿を見て、子供たちは立派に成長している。

それもこれも、
病気でありながらも、生かされている自分を知り、
生きる以上は、卑屈にならず素直に、
そして強く生きようという心の有り様ゆえ。

変な同情を誘う感動物語ではない、
もっとリアルな現実と人間くささ。
そこに、本当の生きる意味を感じさせてくれる。

“なくしたものを勘定するな”

“毎日がいとおしい”

心に突き刺さる、強いメッセージがそこにはある。
強く生きたい人は、強く生きようと思っていないだけなのではないか?っと。


posted by 脱サラ男k at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方を学ぶエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

メメント・モリ/藤原新也

死を想えば今が変わる…

メメント・モリ…“死を想え”という意味のラテン語。
赤裸々な写真と泥臭い言葉たち、死とは何か、転じて生きるとは…という
人として原点回帰せよとのメッセージがこもった書(と解釈)。

『ちょっとそこのあんた、顔がないですよ』
『ニンゲンは、犬に食われるほど自由だ』

(あぁ、人って死んで消えるんだ)

いつ死ぬかなんてわからないもんだ、と思える。
故に、いつ死んでもいいように生きたいな、とも思える。
死を意識すること、すなわち今が大切な刹那なのだと思え。
今を生き、幸せな死に際のために今を生きよ!

1983年のベストセラーだが、今も変わらず、
というよりも、人が生きていく中のどこかのタイミングで、
ぶち当たってほしい書の一つであると、ぼくは思う。


posted by 脱サラ男k at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 今を生きるための良書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

不撓不屈/高杉良

…権力はいつでも横暴である。

“気に食わない”という標語の元、
一介の税理士・飯塚毅(TKC創業者)をなぶりになぶる。

国税庁はそのメンツの保持のためだけに権力をふるい、
執拗な嫌がらせ税務調査を繰り返す。

ついには検察も同調し、逮捕者四人を出すに至る。



心身ともに疲労の極み…これほどまでに高圧的な
そして卑劣な権力の行使があるであろうか。

が、真実は一つ、男は戦い続けた…不撓不屈の精神で…

参禅によって鍛えられた精神力、

“自利とは利他を言う”との信念、

清廉潔白正義の想い、人脈、そして家族の絆。


権力に屈っせず正義を、部下の無実を勝ち取り、
現代日本税理士界の独立性を確立させる。

強い思いと戦い抜く精神と知力と、また耐えうる肉体と…

真に強い男とは、自分を信じ自分を律し、そして決して
逃げず弱気にならない精神力を持つ者のことであろう。

税理士界の巨人、壮絶にして偉大な男の、真実の物語である。



会計、税務が分からないと読んでもチンプンカンプン。
国会答弁、法廷論争などなど…およそ退屈な小説である。

が、しかし…確実に勇気をもらえる実名小説だ。

“不撓不屈”という言葉を胸に刻もう。
逃げ出したい時、本当にこれを思うと、勇気が湧いてくる。
結果として素晴らしい達成感を抱けるのだから。



posted by 脱サラ男k at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | やる気がでてくる経済小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

青年社長/高杉良

ワタミフードサービス社長、渡邉“ミッキー”美樹の物語。


すごいパワーの持ち主である。半端ない努力と、ゆるぎない信念。
夢に日付を入れ願い続けることの大切さが、ひしひしと伝わってくる。

真実はどうであれ、物語の中から得るものは大きい。

彼および彼の周辺で支える人物たちの、
ひと角の努力と圧倒的な行動力の結果が、
きちんと形になってあらわれたことが伝わってくる。

例えば佐川急便のサービスドライバー。
過酷だ過酷だと聞くが、その様子もひしひしと伝わってくる。

目的のため、自らの成長のため、まっすぐに突き進む愚直なまでの男気。
同時に、誰からも愛される愛嬌もある男。



実際に渡邉美樹社長に会ったことのある人の話を聞いたが、
「悔しいかな、小説のままの、イイ男なんだよね」
とのこと。



創業に向ける大志、やり遂げる精神力…大きな大きなやる気をもらった気がする。



posted by 脱サラ男k at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | やる気がでてくる経済小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

勇気凛々/高杉良

自転車輸入販売から始めたホダカの創業物語。
文化放送の超やり手営業マンが、独立心旺盛に現状突破してゆく。
何物にもめげず食ってかかる豪快さと、
人を愛し、人を育て、人に助けられる、そんな経営者としての姿。
巡り逢いは必然であり、その人の努力と愛情の賜物であるかのよう。
内助の功の大きさを感じずにはいられない、
そんな夫婦の物語でもある。
商売とは、人と人の心の繋がりと見たり。
不覚にも、涙した。

僕の父は、折りたたみ自転車の輸入販売をしようとして、挫折した。
そんな話を自転車好きの友人(とっくに知命をすぎた方だ)にしたら、
この文庫をくださった。僕は感激が止まらない。


posted by 脱サラ男k at 11:31| Comment(0) | やる気がでてくる経済小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

わしの眼は十年先が見える/城山三郎

クラレ、倉紡、法政大学大原社会問題研究所、
そして何より、倉敷大原美術館。
中国地方の大資本家で大実業家の大原孫三郎の物語。

メセナの精神を大正期に唱えた功績は
倉敷を一大文化都市へと昇華させただけではなく、
日本の産業、財界の在り方にも大きく影響を与えた点にある。

その生涯は信念と情熱に燃え、内にあっては
真の友を求めやがて人を信じ愛しつづけ、
外にあっては、労働環境の整備を第一として
会社と市民の関係を重視するという。
そして文化を愛し育てることに注力している。

日本の片田舎の美術館に、これほどの世界的名画があるという事実。
これって、本当にすごいことだ。


posted by 脱サラ男k at 00:49| Comment(2) | やる気がでてくる経済小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無所属の時間で生きる/城山三郎

無所属であるということは、自分を直に見つめる機会にあるということである。
いかに生き、いかに精神的な満足(あるいは不満足じゃない)を得られるのか…
作家となり数十年来、無所属であることを節目節目で振り返る。
三十代、四十代、五十代、六十代…
一日の中でも自分の時間をいかに生きるかで、それは大きく変わるのだから。

“ほぼ完全な無所属の時間の中に、同じように居てどう生きたか、自分をどう生かしたか。
 その差がはっきり顔つきに出てくる”

のだから、それはとても怖いものだ、とも著者は言う。

“この日、この空、この私”

一日一快、その日生きたと思えるような、そんな生き方ができればよいのだろう。
自己を客観的に見つめ、真っ当な組織社会との接点に己の生き様を映し出そうとする、
そんな珠玉のエッセイだ。


posted by 脱サラ男k at 00:41| Comment(0) | 生き方を学ぶエッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。